みつばさのかげ

一日一章、聖書のみことばから感動したこと、考えさせられたことなどを綴ります。

2020-11-01から1ヶ月間の記事一覧

何の妨げにもならないように

ほかの人々があなたがたに対する権利にあずかっているのなら、私たちは、なおさらそうではありませんか。それなのに、私たちはこの権利を用いませんでした。むしろ、キリストの福音に対し何の妨げにもならないように、すべてのことを耐え忍んでいます。(1コ…

つまずきとならないように

ただ、あなたがたのこの権利が、弱い人たちのつまずきとならないように気をつけなさい。(1コリント8:9) パウロは、「次に、偶像に献げた肉についてですが、」(1)と書き始めた。 「結婚」に関する質問と同様に、この件についてもコリントの人たちからの…

妻のいる人は妻のいない人のように

兄弟たち、私は次のことを言いたいのです。時は短くなっています。今からは、妻のいる人は妻のいない人のようにしていなさい。(1コリント7:29) コリントの人たちは、パウロに事前に手紙を書き、「結婚」に関する諸問題について質問していた。 それに対す…

神から受けた聖霊の宮

あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。(1コリント6:20) とある王家の秘宝展に出掛けた。 絵画や衣服、きらびやかな食器など…

取り除きなさい

新しいこねた粉のままでいられるように、古いパン種をすっかり取り除きなさい。あなたがたは種無しパンなのですから。私たちの過越の子羊キリストは、すでに屠られたのです。(1コリント5:7) 4章までパウロは、おもに「分派」の問題に焦点をあてて書いて…

私に倣う者となってください

ですから、あなたがたに勧めます。私に倣う者となってください。(1コリント4:16) パウロはここまでコリントの人たちに対し、分裂の根本原因が彼らの「高ぶり」にあると指摘してきた。 兄弟たち。私はあなたがたのために、私自身とアポロに当てはめて、以上…

人間を誇ってはいけません

ですから、だれも人間を誇ってはいけません。(1コリント3:21) パウロは、コリントの人たちに対し、あなたがたは「御霊に属する人」ではなく「肉に属する人」になっていると、厳しい口調で書いた。 あなたがたは、まだ肉の人だからです。あなたがたの間に…

隠された神の知恵を語る

私たちは、奥義のうちにある、隠された神の知恵を語るのであって、その知恵は、神が私たちの栄光のために、世界の始まる前から定めておられたものです。(1コリント2:7) 1章に引き続き、パウロは、自らの宣教が人間的な知恵によるのではないことを強調す…

宣教のことばの愚かさを通して

神の知恵により、この世は自分の知恵によって神を知ることがありませんでした。それゆえ神は、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救うことにされたのです。(1コリント1:21) はじめて新約聖書を読んだとき、(聖書とは変わった書物だな)と感じた。…

善にはさとく、悪にはうとく

あなたがたの従順は皆の耳に届いています。ですから、私はあなたがたのことを喜んでいますが、なお私が願うのは、あなたがたが善にはさとく、悪にはうとくあることです。(ローマ16:19) 欧米人は著書のあとがきに、サポートしてくれた人たちの名前を記す。…

互いに受け入れ合いなさい

ですから、神の栄光のために、キリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れ合いなさい。(ローマ15:7) 15章でパウロは、手紙の"締め"に入っていく。 そこで、もう一度言いたかったことを確認する。 信仰の強い人、弱い…

信仰から出ていないことは、みな罪

しかし、疑いを抱く人が食べるなら、罪ありとされます。なぜなら、それは信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です。(ローマ14:23) 子どもの頃、同級生たちには、先生から怒られるようなことを悪びれもせず楽しそうに行う者たち…

昼らしい、品位のある生き方を

夜は深まり、昼は近づいて来ました。ですから私たちは、闇のわざを脱ぎ捨て、光の武具を身につけようではありませんか。遊興や泥酔、淫乱や好色、争いやねたみの生活ではなく、昼らしい、品位のある生き方をしようではありませんか。(ローマ13:12-13) ゴ…

聖なる生きたささげ物として

ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。(ローマ12:1) 11章までパウロは、「救いとは何か」とい…

自分を知恵のある者と考えないように

兄弟たち。あなたがたが自分を知恵のある者と考えないようにするために、この奥義を知らずにいてほしくはありません。イスラエル人の一部が頑なになったのは異邦人の満ちる時が来るまでであり、こうして、イスラエルはみな救われるのです。(ローマ11:25-26…

みことばは、あなたの近くに

では、何と言っていますか。「みことばは、あなたの近くにあり、あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは、私たちが宣べ伝えている信仰のことばのことです。なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみ…

人の願いや努力によるのではなく

ですから、これは人の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。(ローマ9:16) 『ローマ人への手紙』も、ちょうど半分まできた。 ここで、ひとつクイズをやってみよう。 即答できた人は、そうとうな“マニア”だ。 Q;「テルティオ」…

圧倒的な勝利者

しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。(ローマ8:37) 前章の終わりに、「私は本当にみじめな人間です」(7:24)と悲痛な叫びをあげたその人が、本章では「私たちは圧倒的な勝利者です」と歓…

自分のしていることが分かりません

私には、自分のしていることが分かりません。自分がしたいと願うことはせずに、むしろ自分が憎んでいることを行っているからです。自分のしたくないことを行っているなら、私は律法に同意し、それを良いものと認めていることになります。ですから、今それを…

新しいいのちに歩む

私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、ちょうどキリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、新しいいのちに歩むためです。(ローマ6:4) 6章は、前半(1~14節)…

私たちは神を喜んでいます

それだけではなく、私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を喜んでいます。キリストによって、今や、私たちは和解させていただいたのです。(ローマ5:11) この5章から、パウロはアクセルを踏んで加速するかのように、どんどん福音の奥義へと入…

アブラハムの信仰に倣う人々

そのようなわけで、すべては信仰によるのです。それは、事が恵みによるようになるためです。こうして、約束がすべての子孫に、すなわち、律法を持つ人々だけでなく、アブラハムの信仰に倣う人々にも保証されるのです。アブラハムは、私たちすべての者の父で…

信じるすべての人に与えられる神の義

しかし今や、律法とは関わりなく、律法と預言者たちの書によって証しされて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じることによって、信じるすべての人に与えられる神の義です。そこに差別はありません。(ローマ3:21-22) 「自己肯定感」…

神にはえこひいきがない

悪を行うすべての者の上には、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、苦難と苦悩が下り、善を行うすべての者には、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、栄光と誉れと平和が与えられます。神にはえこひいきがないからです。(ローマ2:9-11) 2章の冒頭から、突然パ…

負い目のある者

私は、ギリシア人にも未開の人にも、知識のある人にも知識のない人にも、負い目のある者です。ですから私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。(ローマ1:14-15) 『四福音書』と『使徒の働き』を終えて、次にどこに進むか、少…

朝から晩まで

そこで彼らは日を定めて、さらに大勢でパウロの宿にやって来た。パウロは、神の国のことを証しし、モーセの律法と預言者たちの書からイエスについて彼らを説得しようと、朝から晩まで説明を続けた。(使徒28:23) 四週間にわたって読んできた『使徒の働き』…

元気を出しなさい

「ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。私に語られたことは、そのとおりになるのです。」(使徒27:25) この章も、『使徒の働き』の中でもきわだって印象的な章だ。 イタリアに向かって出航した267人を乗せた船が、大嵐に遭い、二週…

真実で理にかなったことば

パウロは言った。「フェストゥス閣下、私は頭がおかしくはありません。私は、真実で理にかなったことばを話しています。」(使徒26:25) アグリッパ王とその妹ベルニケ、総督フェストゥス、千人隊長、町の有力者たちが謁見室に集まった。(使徒25:23) そ…

そのイエスが生きていると

「ただ、彼と言い争っている点は、彼ら自身の宗教に関すること、また死んでしまったイエスという者のことで、そのイエスが生きているとパウロは主張しているのです。」(使徒25:19) カイサリアに拘留されたパウロは、実に二年間も放置された。(使徒24:27…

責められることのない良心

「そのために、私はいつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、最善を尽くしています。」(使徒24:16) 法廷で、パウロは上のように述べた。 「神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つ」とはさすがパウロと感心する…