みつばさのかげ

一日一章、聖書のみことばから感動したこと、考えさせられたことなどを綴ります。

コリント人への手紙第一

雄々しく、強くありなさい

目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。雄々しく、強くありなさい。(1コリント16:13) 手紙を終えるにあたり、パウロは思いを込めてこう書いた。 「雄々しく」という言葉は、以前の新改訳聖書では「男らしく」となっていた。 他の日本語訳をみても…

目を覚まして正しい生活を送り

目を覚まして正しい生活を送り、罪を犯さないようにしなさい。神について無知な人たちがいます。私はあなたがたを恥じ入らせるために言っているのです。(1コリント15:34) 13章が「愛の章」であるなら、15章は「復活の章」といえる。 パウロの復活論として…

神は混乱の神ではなく

神は混乱の神ではなく、平和の神なのです。(1コリント14:33) 14章は、「異言」について多くの言葉を割いている点で特徴的だ。 「異言」は、「かぶり物」以上に現代の教会でも議論のあるところだ。 私の手元にある聖書には、次のような解説がある。 <異言…

愛は自慢せず

愛は自慢せず、高慢になりません。(1コリント13:4) パウロは、12章で「御霊の賜物」について述べてから、最後にこう書いた。 あなたがたは、よりすぐれた賜物を熱心に求めなさい。私は今、はるかにまさる道を示しましょう。(1コリント12:31) その「は…

キリストのからだ

あなたがたはキリストのからだであって、一人ひとりはその部分です。(1コリント12:27) “One for All,All for One.”(一人はみんなのために、みんなは一人のために) この言葉は、ラグビーのフレーズとして有名だ。 昨年、日本で開かれたラグビーワールド…

頭に権威のしるしをかぶる

それゆえ、女は御使いたちのため、頭に権威のしるしをかぶるべきです。(1コリント11:10) 11章からパウロは、教会の営みにおける"各論"に入っていく。 前半では女性の「かぶり物」について、後半では「主の晩餐」の食事についてふれている。 ここでは、「…

神の栄光を現す

こういうわけで、あなたがたは、食べるにも飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい。(1コリント10:31) 今回、『コリント人への第一の手紙』を読みながら、パウロの主張が一貫していることに、あらためて気づかされている。 ことに、…

何の妨げにもならないように

ほかの人々があなたがたに対する権利にあずかっているのなら、私たちは、なおさらそうではありませんか。それなのに、私たちはこの権利を用いませんでした。むしろ、キリストの福音に対し何の妨げにもならないように、すべてのことを耐え忍んでいます。(1コ…

つまずきとならないように

ただ、あなたがたのこの権利が、弱い人たちのつまずきとならないように気をつけなさい。(1コリント8:9) パウロは、「次に、偶像に献げた肉についてですが、」(1)と書き始めた。 「結婚」に関する質問と同様に、この件についてもコリントの人たちからの…

妻のいる人は妻のいない人のように

兄弟たち、私は次のことを言いたいのです。時は短くなっています。今からは、妻のいる人は妻のいない人のようにしていなさい。(1コリント7:29) コリントの人たちは、パウロに事前に手紙を書き、「結婚」に関する諸問題について質問していた。 それに対す…

神から受けた聖霊の宮

あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。(1コリント6:20) とある王家の秘宝展に出掛けた。 絵画や衣服、きらびやかな食器など…

取り除きなさい

新しいこねた粉のままでいられるように、古いパン種をすっかり取り除きなさい。あなたがたは種無しパンなのですから。私たちの過越の子羊キリストは、すでに屠られたのです。(1コリント5:7) 4章までパウロは、おもに「分派」の問題に焦点をあてて書いて…

私に倣う者となってください

ですから、あなたがたに勧めます。私に倣う者となってください。(1コリント4:16) パウロはここまでコリントの人たちに対し、分裂の根本原因が彼らの「高ぶり」にあると指摘してきた。 兄弟たち。私はあなたがたのために、私自身とアポロに当てはめて、以上…

人間を誇ってはいけません

ですから、だれも人間を誇ってはいけません。(1コリント3:21) パウロは、コリントの人たちに対し、あなたがたは「御霊に属する人」ではなく「肉に属する人」になっていると、厳しい口調で書いた。 あなたがたは、まだ肉の人だからです。あなたがたの間に…

隠された神の知恵を語る

私たちは、奥義のうちにある、隠された神の知恵を語るのであって、その知恵は、神が私たちの栄光のために、世界の始まる前から定めておられたものです。(1コリント2:7) 1章に引き続き、パウロは、自らの宣教が人間的な知恵によるのではないことを強調す…

宣教のことばの愚かさを通して

神の知恵により、この世は自分の知恵によって神を知ることがありませんでした。それゆえ神は、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救うことにされたのです。(1コリント1:21) はじめて新約聖書を読んだとき、(聖書とは変わった書物だな)と感じた。…