陰口をたたく者
薪がなければ火が消えるように、陰口をたたく者がいなければ争いはやむ。(箴言26:20)
恥ずかしい話だが、わたしは「陰口をたたく者」である。
いや、もちろん、進んでそうしたいわけではない。
そうしているつもりもない。
ただ、気づくと陰口、つまりそこにいない人についてとやかく言うことを、楽しんでしまっている。
そう、困ったことに、陰口は楽しいのだ。
陰口をたたく者のことばは、おいしい食べ物のよう。腹の奥に下って行く。(22)
「陰口をたたく者がいなければ争いはやむ」と、賢者は言った。
表立って言い合うだけでなく、“陰”でこそこそ言うことも、争いのもとということだ。
不思議なもので、陰口はしばしば、めぐりめぐって本人に伝わる。
あるいは、陰口を共に楽しんだ人間から、「あいつは陰口を言うやつだ」と信頼されなくなる。
つまり、何も良いことはない。
燃える唇も、心が悪いなら、質の悪い銀を塗った土の器。憎んでいる者は、唇で身を装うが、心のうちに欺きを潜めている。(23-24)
だから、自分が陰口を言う側にならないだけでなく、聞く側にならないようにも気をつけよう。
声を和らげて語りかけてきても、信じるな。その心には七つの忌み嫌われるものがある。(25)
心にあることを口が話す。
主に唇をきよめていただくよう、切に祈ろう。
穴を掘る者は、自分がその穴に陥り、石を転がす者は、自分の上にそれを転がす。偽りの舌は、虐げられている者を憎み、滑らかな口は滅びを招く。(27-28)