主は力に満ちておられます
大水のとどろきにまさり、力強い海の波にもまさって、主は力に満ちておられます。いと高き所で。(詩篇93:4)
93篇は5節と短いが、“主の御力”への賛歌であり、非常に力強い。
主こそ王です。威光をまとっておられます。主はまとっておられます。力を帯とされます。まことに、世界は堅く据えられ揺るぎません。(1)
主の御力を、わたしたちはどれほども想像できない。
万物を無から生み出し、今日まで驚くべき知恵と力で維持しておられる。
人間は簡単に「神などいない」と口にするが、そもそも自分が、この宇宙空間に漂っている地球に奇跡的に生きている存在であることを忘れてしまっている。
太陽は明日も存在するのか。
地球を自転させているのは誰か。偶然か。
何の保証もない中で、それらを当たり前のようして生きている。
その背後で、神がすべてを保っておられるのだ。
あなたの御座は、いにしえから堅く立ち、あなたは、とこしえからおられます。(2)
このお方は、永遠なるお方だ。
これまた人間の想像をはるかに超えている。
「はじめもなく、終わりもない」というのは、有限なわたしたちにはとうてい理解できない。
だからといって、神を否定するのは愚かだ。
主よ、川はとどろかせています。轟音を、川はとどろかせています。激しい響きを、川はとどろかせています。(3)
滝のふもとに立つと、互いの話し声も聞こえないほどの「轟音」が響き続ける。
その激しい流れと音を見ながら、思ったものだ。
悠久の昔から一瞬たりとも途切れることがないのは、驚くべきことだと。
自然のなかに入ると、時間的にも、空間的にも、人間の小っぽけさを感じざるを得ない。
あなたの証しは、まことに確かです。聖なることが、あなたの家にはふさわしいのです。主よ、いつまでも。(5)
神の御力に満ちたところは力強いだけでなく、清らかだ。
この世の雑念も、いつしか洗い流される。
わたしたちは、偉大な御力と聖さで満ちた神の家に住まうことができる。
大いに喜び、主をほめたたえよう。
はじめに神が天と地を創造された。(創世記1:1)