わたしのしもべダビデに誓う
「わたしは、わたしの選んだ者と契約を結び、わたしのしもべダビデに誓う。わたしは、あなたの裔をとこしえまでも堅く立て、あなたの王座を世々限りなく打ち立てる。」(詩篇89:3-4)
89篇の主要テーマは、“ダビデ契約”だ。
上のみことばが、まさにそれである。
他の節でもくり返し、“ダビデ契約”にふれている。
「わたしは、わたしのしもべダビデを見出し、わたしの聖なる油で、油を注いだ。わたしの手は彼とともにあって揺るがず、わたしの腕も彼を強くする。・・・わたしの真実とわたしの恵みは、彼とともにあり、わたしの名によって、彼の角は高く上げられる。」(20-21・24)
「わたしの恵みを、彼のために永遠に保つ。わたしの契約は、彼にとって確かなものである。わたしは、彼の子孫をいつまでも、彼の王座を天の日数のように続かせる。」(28-29)
「わたしはかつて、わが聖によって誓った。わたしは決してダビデに偽りを言わないと。彼の子孫は、とこしえまでも続く。その王座は、太陽のように、わたしの前にあり、月のように、とこしえに堅く立つ。その子孫は、雲の上の確かな証人である。」(35-37)
このように、多くの言葉を使って契約の確かさを確認している。
それは何のためなのか?
38節以降ではっきりする。
しかし、あなたは拒んでお捨てになりました。あなたは、激しく怒っておられます。あなたに油注がれた者に向かって。(38)
ダビデの子孫の祝福が約束されていたのに、現状はまったく違っているではないですか、と訴えている。
あなたは、あなたのしもべとの契約を廃棄し、彼の王冠を地に捨てて汚しておられます。・・・道行く者はみな、彼から奪い取り、彼は隣人のそしりの的となっています。(39・41)
なぜ、このようなことになってしまったのか?
その答えも、“ダビデ契約”に明記されていた。
「もし、その子孫がわたしのおしえを捨て、わたしの定めのうちを歩まないなら、また、もし彼らがわたしのおきてを破り、わたしの命令を守らないなら、わたしは杖をもって、彼らの背きを、むちをもって、彼らの咎を罰する。」(30-32)
詩人も、このことはわかっていた。
だからこそ、民を代表して悔い改めつつ、もう一度“ダビデ契約”に基づいて、主の祝福が回復されるよう祈り求めたのだ。
祈りの根拠を、主の契約(約束)に置くという、この態度を見習いたい。
「わたしは、もはや彼らの罪と不法とを思い起こさない」と言われるからです。・・・約束してくださった方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白し続けようではありませんか。(へブル10:17・23)