みつばさのかげ

一日一章、聖書のみことばから感動したこと、考えさせられたことなどを綴ります。

あなたの手を彼の上に置け

主はモーセに言われた。「あなたは、神の霊の宿っている人、ヌンの子ヨシュアを連れて来て、あなたの手を彼の上に置け。」(民数記27:18)

 

主はモーセに、山に登るように指示された。

 

主はモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエルに与えた地を見よ。それを見て、あなたもまた、あなたの兄弟アロンが加えられたのと同じように、自分の民に加えられる。」(12-13)

 

死を予告されたモーセだが、きっと、安堵の思いがしたのではないだろうか。

(ようやくこの務めを終えて、主のみもとに行ける)と。

 

しかし、残される民のことは心配だった。

(自分のような主との仲立ちをする指導者がいなければ、どうなってしまうだろう)と考えたのではないか。

 

モーセは主に言った。「すべての肉なるものの霊をつかさどる神、主よ。一人の人を会衆の上に定め、彼が、彼らに先立って行き、先立って入り、また彼らを導き出し、導き入れるようにしてください。主の会衆を、羊飼いのいない羊の群れのようにしないでください。」(15-17)

 

モーセの祈りには、いくつかの驚くべき点がある。

 

第一に、自分のことはいっさい祈っていない。

せめてカナンの入口まで行きたいとか、山の上からイスラエルが約束の地に入るのを見たいなどとは言っていない。

 

第二に、ヨシュアの名前をいっさい出していない。

ヨシュアは山で十戒を受けた頃からずっとモーセに仕えてきた、もっとも信頼できる人物だ。

モーセとしては、彼以上の後任者は考えられなかっただろう。

しかし、「みこころに適うなら、ヨシュアが適任かと存じます」などとは言っていない。

すべてを、神の御手に委ねている。

 

第三に、民のことだけを考えている。

あれほどモーセに逆らい、悩みの種であったイスラエルの民を、モーセは、主が愛されるように愛した。

 

主は、いつの時代でも、神のしもべを備えてくださる。

モーセのときが、終わろうとしている。

 

モーセは主が命じられたとおりに行った。ヨシュアを連れて来て、彼を祭司エルアザルと全会衆の前に立たせ、自分の手を彼の上に置いて、主がモーセを通して告げられたとおりに任命した。(22-23)

 

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