みつばさのかげ

一日一章、聖書のみことばから感動したこと、考えさせられたことなどを綴ります。

助産婦たちは神を恐れ

しかし、助産婦たちは神を恐れ、エジプトの王が命じたとおりにはしないで、男の子を生かしておいた。(出エジプト1:17)

 

きょうから『出エジプト記』に入る。

これもまた、映画になるほどの壮大な史実だ。

 

舞台は、創世記のヨセフの時代から約三百年後のエジプト。

イスラエルの民は、その地で栄えた。

 

イスラエルの子らは多くの子を生んで、群れ広がり、増えて非常に強くなった。こうしてその地は彼らで満ちた。(7)

 

これは神の祝福によることであったが、新しい王は見過ごさなかった。

 

やがて、ヨセフのことを知らない新しい王がエジプトに起こった。彼は民に言った。「見よ。イスラエルの民はわれわれよりも多く、また強い。さあ、彼らを賢く取り扱おう。彼らが多くなり、いざ戦いというときに敵側についてわれわれと戦い、この地から出て行くことがないように。」そこで、彼らを重い労役で苦しめようと、彼らの上に役務の監督を任命した。(8-11)

 

かつてすばらしい政治を行ってエジプトを救ったヨセフとその子孫に対し、畏敬の念を持っていたエジプト人も多かったのではないか。

イスラエル人の勢力を弱めるための、だれもが納得のいくような理屈を、王は語っている。

 

しかし、苦しめれば苦しめるほど、この民はますます増え広がったので、人々はイスラエルの子らに恐怖を抱くようになった。それでエジプト人は、イスラエルの子らに過酷な労働を課し、・・・彼らの生活を苦しいものにした。(12-14)

 

とうとうエジプトの王は、助産婦に、「生まれてくる男の子を殺せ」と命令する。

 

また、エジプトの王は、ヘブル人の助産婦たちに命じた。一人の名はシフラ、もう一人の名はプアであった。(15)

 

二人の名は、『出エジプト記』に記される最初の女性だ。

 

しかし、助産婦たちは神を恐れ、エジプトの王が命じたとおりにはしないで、男の子を生かしておいた。(17)

 

王に問い詰められても、彼女たちは、「ヘブル人の女は元気だから自分たちが行く前に産んでしまう」と煙に巻く。

真に神を恐れる者は、人を恐れることがない。

 

神はこの助産婦たちに良くしてくださった。そのため、この民は増えて非常に強くなった。(20)

 

(おかしい、何もかもうまくいかない)というエジプト王の困惑は、このときから始まっていた。

 

助産婦たちは神を恐れたので、神は彼女たちの家を栄えさせた。(21)

 

彼女たちは、勇敢な態度で、主を恐れ、主に従った。

その結果、こうして後世にまでその名が残ることとなった。

 

麗しさは偽り、美しさは空しい。しかし、主を恐れる女はほめたたえられる。(箴言31:30)

 

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