みつばさのかげ

一日一章、聖書のみことばから感動したこと、考えさせられたことなどを綴ります。

ユダは兄弟たちから離れて下って行き

そのころのことであった。ユダは兄弟たちから離れて下って行き、名をヒラというアドラム人の近くで天幕を張った。(創世記38:1)

 

この章も挿入句的であるが、その持つ意味は重い。

一言でいうと、“ユダとその子たちの罪”について記してある。

 

事の発端は、ユダが「兄弟たちから離れて」行ったことだ。

わざわざこう書いてあるということは、何か事情があったと思われる。

 

ユダは、ヨセフをエジプトに売ろうと言った言い出しっぺだった。(創世記37:27)

その後、父ヤコブの激しい悲嘆ぶりに、兄弟たちから責任を問う冷たい視線を向けられていたかもしれない。

居づらくなって離れたことは、考えられる。

 

下った地でカナン人の娘を妻とし、三人の息子を持つ。

長男がタマルという女性を妻にした。

が、彼はその罪ゆえに早く亡くなる。

 

しかし、ユダの長子エルは主の目に悪しき者であったので、主は彼を殺された。(7)

 

次男は、長男に代わりタマルに子を残すふりをして、肉欲をむさぼるだけだった。

 

彼のしたことは主の目に悪しきことであったので、主は彼も殺された。(10)

 

性的な罪は肉体的な罪であるから、その身に罪の報酬を招きやすい。

さばきをなさるのは、主だ。

 

ユダは、三男も同じことになってはいけないと、タマルを帰省させる。

事実上の追放であり、“魔性の女”扱いだ。

 

ところが、自分の妻が亡くなって喪が明けた途端、ユダは娼婦に扮したタマルをそれと知らずに買う。

 

ユダは彼女を見て、彼女が顔をおおっていたので遊女だと思い、道端の彼女のところに行き、「さあ、あなたのところに入らせてほしい」と言った。(15-16)

 

親子による性的堕落が、容赦なく記されている。

この姦淫の結果、タマルはペレツとゼラフという双子を産んだ。(29-30)

 

聖書はイスラエルの家系だからといって、神聖化したりはしない。

むしろ、いかに人間が愚かで、汚れているかを暴いている。

そして、この罪深い系統から、神の子キリストが生まれることになる。

 

ユダがタマルによってペレツとゼラフを生み、ペレツがヘツロンを生み・・・(マタイ1:3)

 

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