イスラエルを、ご自分の宝として選ばれた
主は、ヤコブをご自分のために選び、イスラエルを、ご自分の宝として選ばれた。(詩篇135:4)
このみことばの「ヤコブ」「イスラエル」の箇所に、自分の名前を入れて読んでみよう。
遠慮はいらない。
あなたは主に選ばれ、主の宝とされている。
聖書が告げているのは、紛れもなくそういうことだ。
自己肯定感を高めるのに、自分を振り返る必要はない。
自分を選ばれた主が、どのような方かを思い起こそう。
まことに、私は知っている。主は大いなる方、私たちの主はすべての神々にまさっておられる。主は望むところをことごとく行われる。天と地で、海とすべての深淵で。主は、地の果てから雲を上らせ、雨のために稲妻を造り、その倉から風を出される。(5-7)
さらに、主が何を成してくださったかを思い起こそう。
主はエジプトの初子を、人から家畜に至るまで打たれた。エジプトよ、おまえの真っただ中に、主はしるしと奇跡を送られた。ファラオとそのすべてのしもべらに。主は多くの国々を打ち、力ある王たちを殺された。(8-10)
わたしたちの主は、生けるまことの神だ。
人間の想像上の産物でも、宗教上の観念でもない。
きょうも、生きて、万物を支配しておられる唯一のお方だ。
異邦の民の偶像は銀や金。人の手のわざにすぎない。口があっても語れず、目があっても見えない。耳があっても聞こえず、また、その口には息がない。これを造る者も、これに信頼する者もみな、これと同じ。(15-18)
だから、主をほめたたえよう。
イスラエルの家よ、主をほめたたえよ。アロンの家よ、主をほめたたえよ。レビの家よ、主をほめたたえよ。主を恐れる者たちよ、主をほめたたえよ。シオンで、主がほめたたえられるように。エルサレムに住まわれる方が。ハレルヤ。(19-21)
「主をほめたたえよ」とは、自分から目を離し、主を見上げよ、ということだ。
それだけが、わたしたちにほんとうの力を与える。
「あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました。それはあなたがたが行って実を結び、その実が残るようになるため、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものをすべて、父が与えてくださるようになるためです。」(ヨハネ15:16)