みつばさのかげ

一日一章、聖書のみことばから感動したこと、考えさせられたことなどを綴ります。

ペオルの事件

主はモーセに告げられた。「ミディアン人を襲い、彼らを討て。彼らは巧妙に仕組んだ企みによって、ペオルの事件であなたがたを襲ったからだ。ペオルの事件の主の罰の日に殺された彼らの同族の女、ミディアンの族長の娘コズビの一件だ。」(民数記25:16-18)

 

どんな政敵も「飲ませる、抱かせる、掴ませる」の三点セットで堕とすことができるという。

イスラエルの足元をすくう、ハニートラップが仕掛けられた。

 

イスラエルはシティムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと淫らなことをし始めた。その娘たちが、自分たちの神々のいけにえの食事に民を招くと、民は食し、娘たちの神々を拝んだ。(1-2)

 

冒頭にあるように、これは「巧妙に仕組んだ企み」だった。

イスラエルは性的に乱れ、偶像崇拝までするようになった。

 

こうしてイスラエルはバアル・ペオルとくびきをともにした。すると、主の怒りがイスラエルに対して燃え上がった。(3)

 

このとき、主の罰によって二万四千人が死んだ。(9)

大変な数だ。

 

神罰を止めたのは、アロンの孫にあたるピネハスだった。

一人のイスラエル人がミディアンの女と共にテントに入って行くのを見て、彼は立ち上がった。

 

祭司アロンの子エルアザルの子ピネハスはそれを見るや、会衆の中から立ち上がり、槍を手に取り、そのイスラエル人の男の後を追ってテントの奥の部屋に入り、イスラエル人の男とその女の二人を、腹を刺して殺した。するとイスラエルの子らへの主の罰が終わった。(7-8)

 

これが「ペオルの事件」だ。

後のイスラエルの民にとって、痛い教訓となったことだろう。

 

主は、ピネハスについてこう語られた。

 

「祭司アロンの子エルアザルの子ピネハスは、イスラエルの子らに対するわたしの憤りを押しとどめた。彼がイスラエルの子らのただ中で、わたしのねたみを自分のねたみとしたからである。それでわたしは、わたしのねたみによって、イスラエルの子らを絶ち滅ぼすことはしなかった。」(11)

 

ピネハスは、主のねたみを自分のねたみとした。

それほどに、主と心を一つにしていたのだ。

彼のあり方に、少しでも倣いたい。

 

彼らはまた、バアル・ペオルとくびきをともにし、死者へのいけにえを食べた。こうして、自らの行いによって御怒りを引き起こし、彼らに主の罰が下った。

そのとき、ピネハスが立ち、仲立ちをしたので、主の罰は終わった。このことは、代々にわたり永遠に、彼の義と認められた。(詩篇106:28-31)

 

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